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「雪と氷との対話」展で,来場者にもっとも見てほしいと中谷が思って
いた写真がある(写真11).ブーメランのような形が写っているが,実
はこれ,宇吉郎が氷に重みを加え,徐々に曲げていった様子を写したも
のだ.そこには宇吉郎自身の手で細かくメモが書き添えられている.写
真は,氷の曲げ実験のプロセスの記録そのものなのである.
この写真を宇吉郎の弟子筋の研究者に見せたところ,科学的な価値はな
いということで,受け取ってもらうことは叶わなかったという.だが,
展覧会に参加していたアーティストたちは口々に,この写真はアートだ,
と驚嘆していたそうである.本来,科学にとって,論文などの記録とし
て重要なのは,あくまで結果を示したものであり,プロセスを示したも
のはもはや必要のないものになる.しかし,アーティストたちにとって
この写真がアートとして存在しうるのは,宇吉郎自身が氷と対峙したと
きの姿勢や思考がプロセスとしてくっきりと写真に刻印されているから
であろう.プロセスは,自然とは何か,本質とは何か,という問いと真
摯に向き合う宇吉郎の心そのものであり,それはものの本質と対峙しよ
うとするアートの心とまさに同じ,ということなのである.
宇吉郎の氷の曲げ実験のプロセスを表す写真にアーティストのみが反応
を示し,科学者は反応しなかったことは,ある意味で今の科学界の自然
や科学そのものに対する姿勢の変容ぶりを象徴的に示している,と見る
こともできよう. (p.123)